初恋の思い出を語る

　小学校６年生のとき、クラスに好きな女の子がいた。Ｍ子さんといって、面と向かって話しているときには目をキラキラと輝かせてよく笑うのに、大勢で行動するときにはどこか冷めていて、集団から離れてぼんやりとよそ見をしているような、どこか翳のある不思議な魅力をもった女の子だった。
　僕とＭ子さんは仲良しだったのかといえば、残念ながらそうだったとは言えなかったかもしれない。
　その頃の小学校高学年の子供たちのあいだでは、男の子と女の子が仲良く遊んだり話したりすることをとても照れ臭く感じているのが一般的だった。お互いの名前に「さん」や「くん」をつけて呼ぶのさえ恥ずかしくて、乱暴に名字だけで呼び捨てにしあっていたものだ。だから、相手に好意を抱いていても、ざっくばらんに打ち解けて遊ぶなどということは、なかなかできるものではなかった。
　だからといって、僕が、いつも遠くからＭ子さんの姿を眺めて溜息ばかりついていた、というわけではない。
　ひとりでいるＭ子さんに話しかけるのは心臓の止まる思いだったが、Ｍ子さんが誰かと楽しそうに話している姿を見かけたら、チャンス到来とばかりに会話に割り込んだり、あるときはもっと幼稚にいたずらを仕掛けたりもしたものだ。そんなとき、Ｍ子さんは必ずしも時ならぬ闖入者にいやな顔をするわけでもなく、しばしば無邪気にふざけあえる楽しいひとときとなることも少なくはなかった。

　二学期のある日、クラスを６名ずつの班に分けることになった。
　各班のメンバーは先生が決めるのだが、その際に参考とするので、一緒の班になりたい子の名前を書くように、といって全員に小さな紙が配られた。僕は、先生以外には誰も見るはずのないその紙に、もちろんＭ子さんの名前を書いた。
　休み時間になると、不意にＭ子さんが僕の席にやって来て、探るような悪戯っぽい眼差 しで、「誰か女の子書いた？」と訊いたのだ。
　まわりに誰もいなければ、ありのままを答えたかもしれなかった。でも、一瞬のためらいののち僕の口をついて出たのは、「まさか、書かないよ」という素っ気ない返事だった。
　その瞬間、Ｍ子さんは笑顔のままで「フン、せっかく書いてあげたのに！」と怒ったふりをして見せた。そして、僕がアッと思う間もなく、ぷいっと自分の席に戻ってしまったのだ。
　結局、Ｍ子さんとは一緒の班にはなれなかったし、Ｍ子さんの真意も分からずじまいだった。ただ、僕にとっては、この短いやりとりが、人生ではじめて、他人との微妙な気持ちのすれ違いに困惑を覚えた出来事として、いつまでも忘れられないものとなったのだ。